Archive

投稿タグ:‘英語’

日本語・英語・初心者・方言の各モード

4 月 14th, 2009

ちょっとキザかも知れませんが、私は英語で話しているときは、完全に英語モードに変わっています。このモードが変わっていないと、たいていうまくいきません。

たとえばスキットの内容を考えているときは、一切日本語では考えていないのです。

言語によって、どうも頭の使う場所が違うみたいです。人格すら違う、というお話もあります。

標準語とはかなり異なる方言を話す地方出身者の場合でも、家族や地方の友達には地方の言葉を話し、都会ではそこの言葉で生活している人も多いでしょう。

意識的にモード切替できる人と、気づかずにいる人もいます。

もちろん、切り替えたつもりでいても、実は地方にしか伝わらない言葉を使ってしまうこともあります。

地方であれ、標準語であれ、ある意味、別の言語を話しているようなものです。

たとえば、地方からか大阪に出てきていて、大阪弁をかなり流暢に話せるようになったとします。

その人が、大阪弁を話しているときに、いちいち頭の中で言葉を変換してはいないのです。

たとえば「そやな」と言うときに、「そうですね」を大阪弁に直して・・・などとはやっていないのです。人間の脳の言語処理速度はかなり遅いようです。

ひっかかったときに、変換することはあるでしょう。

でも、変換をやっていたら、頭がすごく疲れるのです。

ブラインドタッチを覚えた人に、1つ1つキーボードを見ながら打つことを要求しているようなものです。

そんなことはできないのです。

ですから、日本語を話すときは日本語で考え、地方の言葉を話すときは地方の言葉で考えるのが普通でしょう。

このように、「英語を話す」ためには、英語で考え、英語モードにしなければならないことはおわかりいただけたと思うのですが、はじめはすぐに日本語モードに戻ってきたりするものです。

子供が外に遊びに行っても、思うようにできなかったり、あまり楽しくないとすぐに家に帰ってくるようなものです。

でも、できるだけ、別の言語の世界にどっぷり使った方が、早くその言語のモードになります。

お友達の家に行って、思いっきり遊んでいると、家に帰りたくなくなります。「ここに泊まる」と言いだすかも知れません。

その状態を作るのに、私は「初心者モード」が必要ではないか、と考えています。

私たちは、日本語が不慣れな子供とか外国人に対して話すときに、ゆっくり話したり、むずかしい言い回しを避けて丁寧に話すことがあります。

日本語にも、英語にもその「初心者モード」があるのです。

初心者モードのいいところは、語彙が限られるので、語義や文の内容がつかみやすくなることです。

話す側としては、発音や抑揚、全体のリズムなどがゆっくりと することができるので、よりネイティブに近い英語で話すことができます。

何よりも、滑らかに話せるようになるのが、英語習得の必須だと思います。

私に英語を教えてくれたイギリス人教師のフィリッパ・ラッセルさんは、よく「リンキング(つながり)ない」と、日本人英語の欠点を、私たち日本人生徒たちに指導されました。

ガタン、ゴトンしているのです。

和製英語の話し方だと、聞いている人にストレスを与えるので、速く話さなくてもいいので(スピードは落としても)、つながりがスムーズな英語で話すように努める方がずっといいのです。わかりやすいのです。

あなたの脳に、 英語初心者モードを一つ作ってみませんか?

↓ リンクをクリックしてください 。人気ブログランキングへ一票投じられます!↓
人気ブログランキングへ

admin ちょっとブレイク, 英語で考えるコツ , , , ,

studyとlearn、mustとhave toの違い

4 月 13th, 2009

ベータラボ社長のブログ「熟考伝達」の記事08/12/19を再掲載)

青年海外協力隊でマラウイ共和国へ派遣される前に約4か月間、派遣前訓練として、さまざまな講座を受講したり、調査をしたりしました。

もちろん、メインは、語学研修でした。英語クラスで、原則日本語が禁止でした。

その期間、女性のフィリッパ・ラッセルさんからいろいろと教えてもらいました。

その中で、よく覚えているものが、さまざまな語義や語感です。

たとえば、studyは学ぶ、learnは習う、というように私たち日本人は覚えています。

フィリッパ先生とは日本語では一切話していないのですが、日本人が得ている誤った英語の語感をいくつも訂正された覚えがあります。

studyは「自主的に学ぶ」という意味です。

でも、learnは「教えてもらう」ではなく、「身につける」という意味だそうです。どうやら、日本人は誰かから教えられるのをlearnと覚えているのを、フィリッパ先生から、「そうではなくて、身につけることをlearnという」と言われたように思います。

「learnは言い換えるとmasterです」と。

I studied English, but I didn’t learn it.
(英語を学んだけれども身につけられなかった)

という言い方ができるようです。

また、must と have to の違いについても、イギリス英語だと限定した上で、こう説明を受けました。

「must はプライベート(私的)、have to はオフィシャル(公的)」

たとえば、次のように言えるようです。

I must go home, but I have to stay here.
(家に帰らなければならないことがあるけれど、ここにいなければならない)

こういうように教えてもらうと、「そうか」とわかった気がします。

英語を話しているときに、何と言っていいのかわからないときがあります。

もちろん、日本語では分かっていても、英語では、適切な表現が思い出せないときです。

Well, let’s see.(そうですね、えーっと)

とか言って、時間稼ぎをしたり、

How should (can) I say… (どう言ったらいいのでしょう)

とか

Let me put it this way.(じゃ、言い換えてみましょう)

のような表現をすることもあります。

I mean … (つまり・・・)

とか、考えながら、表現を探しながら話を続けようと、がんばってみます。

それでも、うまく続かないときは、相手にどういったらいいか尋ねてみるのです。

あるとき、マラウイ人に、「キザ」という英語が分からなくて、一生懸命説明してみました。でも、どう聞いたか覚えていません。

そしたら、なんと、こんな回答をくれたのです。

Oh!, British!
(あー、イギリス人みたいってこと)

これは、あくまで冗談ですが、「イギリス人みたい」というのが、「かっこつけて、キザな」という表現に使われたのでした。

どうか、この話でイギリス人の方、気を悪くしないでください(フランクでフレンドリー、やや軽めのアメリカ人とは対照的に旧宗主国のイギリス、イギリス人に対してマラウイ人が持っている印象です)。

ぴったりの言葉が分からなくても、それに代わる表現を使ったり、もし、できなければ、聞いてみるといいと思います。

↓ リンクをクリックしてください 。人気ブログランキングへ一票投じられます!↓
人気ブログランキングへ

admin ちょっとブレイク , ,

図形を英語で何と言うか

4 月 2nd, 2009

高校の英語の授業が英語でされるようになるまで、あと4年ほど。

するとどうなるでしょう。

日本の子供の大多数が高校へ行きます。そして英語で話されている英語の授業を受けます。

もし、先生が何を話しているか分からないと大変なことになります。

先生も、どう話していいか分からないともっと大変なことになります。

おたがい、「Yes」「Yes」を言い合ってもしかたありません。

格好悪いので、おのおのがテキストを見て、ほっとするようになるようなだと、何のために英語での英語授業にしたのか、本末転倒の事態になります。

先生も、ありとあらゆる周辺の重要な語彙は、英語で説明できるようにならなければならないでしょう。

高校の英語の先生も大変ですが、高校で英語授業を受けられるようにする中学校の先生が実は本来、一番大変です。

果たして、どんな高校入試問題になるのでしょうか?

それも心配です。これまでのようなテストではダメです。全くダメです!

穴埋めをやったり、正解を選ばせるような、採点の都合だけで進めてきた選抜試験はほとんど意味をなさないでしょう。

単に、英語という外国語を学ぶのでなく、常識的な知識もすべて英語で表わせないと困ったことになります。

自分の困ったことが話せ、手紙が書け、新聞が読め、ニュースが聞け、世界の問題点を知り、話し、討議できるような基盤構築の準備をしなければなりません。

私はグローバルなマナーなどについて心配しているのですが、それ以外に気になることはたくさんあります。数学や物理化学などで必要な、定義をしたり、定量的な説明をするときの英語です。英米人が学童期に学校で学んだ語句や言い回しです。

たとえば図形など、基本的な言葉すら私たちは英語で学んでいません。

四角形を英語で何というのでしょうか? Squareでしょうか?いいえ、それ は正方形のことです。 Rectangle といいます。

正三角形を英語で何と言うのでしょうか? Equilateral triangle です。

二等辺三角形は英語で何と言うのでしょうか? Isosceles triangle です。

台形を英語で何と言うのでしょうか? Ttrapezoid です。

ピタゴラスの定理を英語で何と言うのでしょうか? Pythagorath’s Theoremです(発音がややむずかしいです)。

分度器は英語で何と言うのでしょうか?  Protractor です。

分度器と正三角形

たとえば、上の図を示しながら、「三角形のすべての辺が等しい場合はそれぞれの角が図で示されるように60度になります」 のようなことを言えなければならないのです。

中学生が言えないと、高校で英語での英語授業などできるわけがありません。

このような事例は数限りありません。

これらは英米人が学童期に学んだことであって、いわば常識の範疇ですが、たとえば、大学で英語を学んだ人であっても、日本人の場合、このような基本的な語彙や言い回しはごっそり抜け落ちているのです。

なぜ、このような言葉を教えず、文化論や時事問題などの英語の大学入試をするのでしょうか?

きっと大学の英語の先生が興味がないからでしょう。

英語の先生は、ピタゴラスの定理の証明より、歴史や随筆の話や文化論の方に興味があることでしょう。

このように、ボコっと基本部分が抜け落ちたまま大学に入り、分からない単語を辞書で引いて、分からない講義ノートを丸写しして暗記して、テストをパスして、社会へ出て来るのが一般的ではないでしょうか。

そして、もし英語が必要になったり、英語力を示すものがほしくなったら、従来の資格試験を受ける、というのが一般的でしょう。

英語については、本当にもったいない時間を過ごしてきていないでしょうか?

もし仮に、長年英語圏で生活していても、あまり科学や論理などにかかわらず生活していたら、これらの語彙も基本的な言い回しも、あまり必要ないかも知れません。

つまり、長く生活していても、現地で小中学校に通わない限りは、学べない、身につけられない英語が存在するのです。

これらは日常会話や時事英語では関係しないことが多いので、ちょっと科学的な話をしようとしたり、厳密に物事を定義しようとすると、このような科学的な常識を知らないと、英語がストップしてしまいます(経済の専門的な話をする場合にはかなり関係ありますが)。そして、その部分の常識だけ欠如して、幼稚な会話になってしまいます。

たとえば「私は体重が 60kg です」 をそのまま訳して「My weight is 60 kg.」と言っても伝わりますが、「I have a weight of 60 kg.」と言ったり「weigh」という単語を使って「I weigh 60 kg.」と重さを表わす方がずっと自然で一般的でしょう。

日本語を直訳して頭でっかちの(主語が長い)文を作っても分かってもらえますが、聞く側の人がフラストレーションがたまることは確かなのです。

きっと、「TOEIC何点」とか「自分は英語ができる」と思っている、言っている人ですら、すらすらと出てこないものです。テストで高い点数を取ることが目的化していて、あるいは大学などの選抜テストにパスすることが目的化すると、このような自然な英語を身につけることは二の次になってしまうのです。

選抜する側が自然な話す英語力を求めない場合、そのテストは悲惨なものです。序列をつけることだけが目的化した試験問題になるからです。

これらを身につけるためにはどうしたらいいでしょうか?

特段、方法はないと思います。

とことん学ぶしかないと思います。

「ききまね英語」では、英語を学ぶためのものですが、スキットを通して、たとえば図形の基礎的な話も進めます。避けて通れないからです。

現在制作中なので、最終的な数値は出ていませんが、おそらく現在、日本の中学校で学んでいる基礎的な数学表現の20倍程度の内容は含むことになると思います。

それらは決して外すことができません。

するとスキットはどうなるでしょう。

説明とともに多くの画像が頻出します。定義や説明や類推などなど。

おそらく、現在の中学校1年生の教科書のボリュームの10ないし15倍以上になるでしょう。

でも、それは絶対必要なのです。

これらをスラスラと扱えないまま進学して、高校になって英語だけの授業になったときどうなるのでしょうか?

私は怖くてたまりません。

いくら、英語の学習開始を小学校5・6年生にしたとしても、中学校の英語がこれまで通りの内容(質・量)であれば、英語による英語授業がどんな状態になるか、考えただけで恐ろしくなります。

日常会話や時事英語で使われないものであっても、英米人の常識になっているものに触れ合うチャンスがないことが重大なことだと思います。

たとえば、次の羅針盤をみてお話することを考えてみましょう。

分度器と正三角形

東西南北の方角を説明し、羅針盤の使い方を説明し、これまでどのように役立ってきたかなど、さまざまな話題に波及するはずです。波及できなければならないのです。そうでないと人類の知恵が利用できないのです。

これまでやってきた中学での日本式英語学習を単に小学校高学年に広げてもだめなんです。

では、私が教えていたマラウイではどうだったのでしょうか?

答えは簡単です。国語を除き、すべて英語で学んでいたのです。

日本の英語教育はどうすればいいのでしょうか? これまでの延長では決して話せません!

では、どうすればいいのでしょうか?

当然、英米人が若いころ学んだものと同じものを英語で学ぶべきなのです。

そうでないと、その英語脳から、基礎的、論理的、科学的な語彙や表現がすっぽり抜け落ちてしまいかねません。

↓ リンクをクリックしてください 。人気ブログランキングへ一票投じられます!↓
人気ブログランキングへ

admin ききまね英語的な学習法, ちょっとブレイク , , , , , ,

Sir/Madamを付けて話せますか?

4 月 1st, 2009

戦後日本で教えられてきた英語はもちろん米語です。

知らず知らずのうち、私たちが話す英語は米語になっています。私自身も、自分では標準的な米語に近い英語を話していると思っています。たとえば、

How are you?

と聞かれて

I am fine.

と答えることは日本人では当り前ですが、これは典型的な米語です。

私はイギリス人がこのように言われるのを聞いたことがありません。もちろん、最近はそういう方もいらっしゃるのかもしれませんが、

I am well.
I am all right.

だったら(ブリティッシュ)英語、米語の両方でも通用するでしょう。

I am fine.

に違和感を感じるイギリス人はいないのではないか、と思われる方が多数だと思いますが、私は決してそうではないと思います。とくに、

very fine

という表現にすごく抵抗を感じる向きもあるようです(とても馴染めない表現らしいです)。

これは、ちょうど、日本人の若者が

すごいかっこいい
すごいよかった
やべー

という言葉に、高い年齢層の人に抵抗感が持たれるようなものだと思っていいでしょう。ところで、

とてもうつくしい

の表現を変だと思う日本人はほとんどいないと思います。しかし、

「とても」

は「ない」という否定の助動詞と対になって使われるものであり、

とても美しくない
とても美しいなどと言えたものではない

の場合はいいのですが、「とてもうつくしい」などとは、それこそ、とても言えなかったのです。

この話は、父幸田露伴から娘幸田綾さんが指摘された話としてご存じの方もいらっしゃるかも知れません。

もう一つ脱線したお話ですが、政治家が好んで使う表現「踏まえて」。

これは元々、「踏みにじる」という意味ですから、政治家たちは正反対で使っています。

「そのようなご指摘を踏まえまして(=踏みにじりまして)」

などと発言するときは、もともとの語義をそれこそ踏みにじって使うようになったことを知っていただきたいと思います。

大衆化、汎用化されるにつれ、言葉は平均化され、単純化されるように思われます。丁寧な表現や尊敬の表現などもどんどんそぎ落ちていくようにも感じます。

ヨーロッパで「英語」を学ぶ場合は、原則ブリティッシュ英語のようです(ドイツなど)が、日本の場合、米語を英語として導入していますので、ブリティッシュよりもっとフランクな米語が「標準の英語」として認識されてたのではないかと思います(もちろん、GHQの存在は一番だったでしょう)。

今回の記事の「Sir/Madam」という表現は、アメリカでは使われないどころか丁寧なシーンで使われるものです。しかし、対人関係や礼節を大切に思う日本では、ほとんど排除されていないでしょうか。

英語(米語) → フランク → 丁寧・尊敬なし

の論理展開です。

ですから、私たち日本人は一般に、

Thank you, Sir.

のように「Sir/Madam」をつけて話すと、かなり畏まり、自身を卑下して言っているように思われがちですが、私は決してそうではなく、相手を敬い、丁寧に話しているように感じます(これは世界共通の「礼」です)。

そして、このような表現をサラっと言えるようになるのが、自然な英語を身につけたことではないか、と思っています。

今から28年前、私が初めて英国航空でロンドンに降り立つとき、乗務員の女性からかけられた言葉は、

Good-bye, Sir.
(いってらっしゃいませ)

でした。(実は、私の前の何人かの人はラフな服装だったので、「Bye-bye」「Good-bye」だったのですが、スーツを着ていたためこう言われた可能性も排除できませんが…)

多少、硬めの表現であっても、今、英語を学ぶ人たち、特に若い人たちには、ぜひ、私は身につけてほしいと考えている表現のひとつです。

↓ リンクをクリックしてください 。人気ブログランキングへ一票投じられます!↓
人気ブログランキングへ

admin ちょっとブレイク, 未分類 , ,