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Sir/Madamを付けて話せますか?

戦後日本で教えられてきた英語はもちろん米語です。

知らず知らずのうち、私たちが話す英語は米語になっています。私自身も、自分では標準的な米語に近い英語を話していると思っています。たとえば、

How are you?

と聞かれて

I am fine.

と答えることは日本人では当り前ですが、これは典型的な米語です。

私はイギリス人がこのように言われるのを聞いたことがありません。もちろん、最近はそういう方もいらっしゃるのかもしれませんが、

I am well.
I am all right.

だったら(ブリティッシュ)英語、米語の両方でも通用するでしょう。

I am fine.

に違和感を感じるイギリス人はいないのではないか、と思われる方が多数だと思いますが、私は決してそうではないと思います。とくに、

very fine

という表現にすごく抵抗を感じる向きもあるようです(とても馴染めない表現らしいです)。

これは、ちょうど、日本人の若者が

すごいかっこいい
すごいよかった
やべー

という言葉に、高い年齢層の人に抵抗感が持たれるようなものだと思っていいでしょう。ところで、

とてもうつくしい

の表現を変だと思う日本人はほとんどいないと思います。しかし、

「とても」

は「ない」という否定の助動詞と対になって使われるものであり、

とても美しくない
とても美しいなどと言えたものではない

の場合はいいのですが、「とてもうつくしい」などとは、それこそ、とても言えなかったのです。

この話は、父幸田露伴から娘幸田綾さんが指摘された話としてご存じの方もいらっしゃるかも知れません。

もう一つ脱線したお話ですが、政治家が好んで使う表現「踏まえて」。

これは元々、「踏みにじる」という意味ですから、政治家たちは正反対で使っています。

「そのようなご指摘を踏まえまして(=踏みにじりまして)」

などと発言するときは、もともとの語義をそれこそ踏みにじって使うようになったことを知っていただきたいと思います。

大衆化、汎用化されるにつれ、言葉は平均化され、単純化されるように思われます。丁寧な表現や尊敬の表現などもどんどんそぎ落ちていくようにも感じます。

ヨーロッパで「英語」を学ぶ場合は、原則ブリティッシュ英語のようです(ドイツなど)が、日本の場合、米語を英語として導入していますので、ブリティッシュよりもっとフランクな米語が「標準の英語」として認識されてたのではないかと思います(もちろん、GHQの存在は一番だったでしょう)。

今回の記事の「Sir/Madam」という表現は、アメリカでは使われないどころか丁寧なシーンで使われるものです。しかし、対人関係や礼節を大切に思う日本では、ほとんど排除されていないでしょうか。

英語(米語) → フランク → 丁寧・尊敬なし

の論理展開です。

ですから、私たち日本人は一般に、

Thank you, Sir.

のように「Sir/Madam」をつけて話すと、かなり畏まり、自身を卑下して言っているように思われがちですが、私は決してそうではなく、相手を敬い、丁寧に話しているように感じます(これは世界共通の「礼」です)。

そして、このような表現をサラっと言えるようになるのが、自然な英語を身につけたことではないか、と思っています。

今から28年前、私が初めて英国航空でロンドンに降り立つとき、乗務員の女性からかけられた言葉は、

Good-bye, Sir.
(いってらっしゃいませ)

でした。(実は、私の前の何人かの人はラフな服装だったので、「Bye-bye」「Good-bye」だったのですが、スーツを着ていたためこう言われた可能性も排除できませんが…)

多少、硬めの表現であっても、今、英語を学ぶ人たち、特に若い人たちには、ぜひ、私は身につけてほしいと考えている表現のひとつです。

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